シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第203回
日本は20年以上前からエイジテックの先進国だった
エイジテック(Age-tech)がアメリカ発の言葉なので、さぞアメリカが進んでいるように思う方も多いようだが、実はそうではない。
シニアビジネス分野で25年間、欧米の動向を見てきた私は、エイジテックの先進国は日本だと断言できる。
2004年頃より、欧米の団体から私への講演依頼が増えてきた。世界最大の高齢者NPO AARP、ASA(American Society of Aging)、スイスの世界エイジング・世代会議などに頻繁に招待されるようになった。
こうした機会に、私は必ず日本の取り組みを紹介してきたが、その際に聴衆からの反響が大きかったのが「技術を活用した高齢者向け製品・サービス」だった。これが今で言うエイジテックだ。
らくらくホンは世界初のエイジフレンドリー携帯電話
例えば、NTTドコモと富士通による「らくらくホン」は、世界初のエイジフレンドリー(高齢者にやさしい)携帯電話だ。当時これを海外での講演等で紹介すると、多くの聴衆が「お~」と驚きの声を上げたものだ。
手前味噌だが、私もNTTドコモからの要請で「らくらくホン」のマーケティングと商品開発支援に参画し、その後の売上拡大にささやかながら貢献した。
らくらくホンの登場以降、欧米でも似たような携帯電話が登場した。だが、どれもたいして売れず、しばらくして市場から消えていった。
一方、らくらくホンは、スマホが登場するまでは常に携帯電話の毎月の売れ行き上位にランクしていたベストセラーだ。現在も商業サービスが続いている。
シニア向けの携帯電話でビジネスとしても大成功したのは、世界中見てもらくらくホンだけだ。
今も現役の「みまもりほっとライン」は2001年に登場
象印の「みまもりほっとライン」も2001年から開始した先進的な取り組みだ。高齢者が必ず使用する電気ポットの液面の変化で高齢者の異変をメールで知らせる仕組みで、当時大変驚かれた。現在も商業サービスが続いている。
20年前に初めて訪れたアメリカ・ボストンのビーコンヒル地区で、アメリカ人の高齢居住者に「階段を昇降できる車イスが欲しい。アメリカにはないが日本にはあると聞いた。何とかならないか」と尋ねられ、当時私は「日本の高齢者向け商品は世界中に市場がある」ことに気が付いた。
なぜ、日本はエイジテック製品を世界に先駆けて生み出せたのか?
日本は技術を活用した高齢者向け製品・サービスを世界に先駆けて生み出してきた。それができた最大の理由は、日本の高齢化が世界のどこよりも進んでいて、需要があったからだ。
高齢化率で見ると、日本とアメリカとは1990年時点で12.1%とほぼ同じだった。ところが、その後日本の高齢化率は急上昇し、2010年に23%で世界一になったのに対し、アメリカは13%程度でほとんど増えていない。
高齢者向け商品・サービスの需要は、高齢化率と一人当たりGDPの関数となる。一人当たりGDPが一定水準を超える、つまり生活水準がそれなりのレベルに達し、高齢化率が上昇すると高齢者向け市場の需要が大きくなる。
高齢化率で世界一の日本では高齢化の課題が世界のどこよりも早く顕在化してきた。これは裏返せば、シニア分野でのビジネスチャンスが世界のどこよりも早く顕在化してきたことを意味する。
だから、常に世界に先駆けて商品化でき、いち早く市場に投入できる優位性があったのだ。
「多様性市場」へのきめ細かな対応力が日本のエイジテックの強み
また、シニア市場とは多様な価値観を持った人たちが形成する「多様なミクロ市場の集合体」だ。
この「多様性市場」には、きめ細かな対応力が求められるが、日本の高度な集積化技術と、日本人の細やかな情緒感覚がこの対応力の源泉となる。
このように日本は、シニアビジネス分野で他国に対して優位に立てる素地を十分に持っている。このことは拙著「シニアシフトの衝撃」で述べた通りだ。日本が「エイジテック先進国」であった理由はこれに他ならない。
一方、日本以外の国でも高齢化の進展に伴い、エイジテックへの取り組みが進んでいる。エイジテックという言葉はアメリカ発のものだが、周回遅れのアメリカが本気を出せば、今後かなりの競合になるだろう。