シルバー産業新聞連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第68回
頻繁に引用される「シニア消費100兆円」の数値
皆さんは「シニア消費100兆円」という数値をよく耳にしないだろうか?
この数値引用元は、第一生命経済研究所が2011年12月9日に発表した「100兆円の高齢者消費の行方」というレポートだ。このレポートでは、2011年の60歳以上の消費をシニア消費と定義しており、その数値は101兆2000億円とのことだ。
また、国連「世界人口推計2010年版」によれば、2011年の日本の60歳以上の人口は3930万1,153人となっている。
これらの数値を元にすると、2011年の60歳以上1人当たりの年間消費推計額は、257万4,988円、月当たり21万4,582円となる。シニア消費100兆円というと、いかにも巨額に聞こえるが、1人当たりにすれば月21万4,600円程度である。
一方、総務省統計局「家計調査報告」平成22年によれば、世帯主が60歳以上の世帯の消費支出は次のとおりとなっている。
(1)勤労者世帯:31万5212円/月 ここで勤労者世帯とは、世帯主が会社・官公庁・学校・工場・商店などに勤めている世帯のことをいい、60歳以上の世帯の15・2%を占める。
(2)無職世帯:20万7302円/月(60歳以上の世帯の67・8%を占める)
①うち単身無職世帯: 14万5963円/月(60歳以上の世帯の26・1%を占める)
②うち高齢夫婦無職世帯: 23万4555円/月(60歳以上の世帯の23%を占める)
勤労者世帯の平均人数は2・72人であることから、勤労者世帯構成員1人当たりの消費支出は、31万5212円/2・72=11万5887円となる。また、高齢夫婦無職世帯の1人当たりの消費支出は、23万4555円/2=11万7278円となる。
実際には、勤労者世帯では世帯主の消費支出が一番多いと思われるので単純には比較できないが、家計調査報告の数値は、第一生命経済研究所の推計値に比べると概して小さい。
シニア消費100兆円の真実
私は、この件について推計を担当した第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミストの熊野英生氏に直接確認した。すると、熊野氏の試算は、実は「高齢者世帯全体」での消費額であることが判明した。
高齢者世帯は世帯構成員の人数によって「単身世帯」、「2人以上世帯」に分類される。「2人以上世帯」には高齢者以外の人も含まれる。熊野氏の試算には、こうした高齢者以外の人たちの消費も含まれていたのだ。
ちなみに、熊野氏の推計は、内閣府の国民経済計算(GDP統計)の名目GDPをもとに試算されており、家計調査の数値からではない。
熊野氏によれば、世帯ではなく世帯の構成員として試算すると、60歳以上の人の消費は77・1兆円になるとのこと。ただし、この試算は、「2人以上世帯」における65歳以上の構成員が、他の家族と同程度の消費支出をしているという仮定の下で計算した推計値だ。
かつ、この仮定はやや大胆なものなので、推計方法の客観性から見て「1人を基準に考えると77・1兆円になる」とは言いにくいとのことだ。ということは、60歳以上の人の消費は恐らく77・1兆円よりもさらに小さくなると考えられる。
ばらつきが大きい高齢者世帯の所得
さらに、図表を見ていただきたい。この図表は2010年の厚労省の国民生活基礎調査による高齢者世帯と全世帯の年間所得の分布を示している。ここで高齢者世帯とは世帯主が65歳以上の世帯を指している。これからわかることは、高齢世帯の所得は「世帯によってかなりばらつき」が大きいことだ。
私がかねてから著書や講演などで主張しているとおり、高齢世帯の消費形態は多種多様であり、十把一絡げでは語れない。先述のとおり、シニア消費を60歳以上の人の消費とすれば77兆円程度であり、巷で言われている100兆円を下回るが、それでも相当の規模であることは確かだ。
しかし、だからといって、そうした規模の消費に費やされるお金が自動的に貴社の商品の消費に費やされるわけではない。貴社の商品を買ってもらうには、多様なシニア消費者のうち、いったい誰がターゲット顧客になるのかを注意深く考える必要があるのだ。
企業担当者は、「シニア消費100兆円」といった大雑把な謳い文句に振り回されないよう、シニア市場の本質を見極めた周到な取り組みが大切なのだ。