世界で最も先行して超高齢社会になった日本は、シニアビジネス(シルバーエコノミー、銀髪経済)の面でも世界の注目を浴びています。
しかし、シニアビジネスは単に「高齢者向けの商品を売ること」ではありません。大切なのは、シニアを年齢でひとくくりにせず、その人の身体・生活・家族・価値観に起きている「変化」を読み解くことです。
身体機能の変化、定年退職などライフステージの変化、子どもの独立や親の介護など家族のライフステージの変化、デジタル利用の広がりなど時代性の変化。こうした変化の中に、シニアの消費が生まれるきっかけがあります。
本ガイドでは、シニアビジネスの第一人者である弊社代表 村田裕之の知見をもとに、シニア市場の基本、消費行動の読み解き方、商品開発、マーケティング、顧客ロイヤル化までを体系的に解説しました。
シニアビジネスの悩みとして「何から手を付ければよいかわからない」「新事業企画がシャープにならない」「すでに取り組んでいるが苦戦している」といった企業側の課題が示されており、本ガイドはそうした悩みを整理する入口として位置づけられます。
シニアビジネスとは
シニアビジネスとは、シニア層の身体的な変化や家族関係の変化による生活課題、心理的な不安、社会参加への欲求などに応える商品・サービスを提供するビジネスです。
ただし、「高齢者向け」「シニア向け」と喧伝すればよいわけではありません。むしろ、多くの場合、本人は自分を”高齢者扱い”されることを好みません。
重要なのは、当事者の年齢ではなく、当事者の生活の中で起きている変化に注目することです。
たとえば、同じ65歳でも、まだ現役で働いている人、定年退職して自由時間が増えた人、親の介護をしている人、孫との時間を大切にしたい人、健康維持に関心が高い人では、求める価値がまったく異なります。「高齢者向け」と銘打つだけでは通用しません。本質は「変化への対応」にあります。
つまり、シニアビジネスとは「年齢層を狙うビジネス」ではなく、「変化によって生まれる不安・不満・不便を解消するビジネス」と言えます。
なぜ今、シニアビジネスが重要なのか
シニアビジネスが注目される理由は、単に高齢者人口が増えているからではありません。
本質的な理由は、シニア層の中に大きな潜在消費力がありながら、それが十分に顕在化していないことにあります。村田の著書「成功するシニアビジネスの教科書」では、60歳以上の人が保有する正味金融資産の大きさに触れたうえで、先行き不安の強いシニア層は消費を控えがちであり、その潜在消費力を引き出すには、力のある企業が本気で取り組む「企業活動のシニアシフト」が重要だと説明されています。
企業活動のシニアシフトとは、単に広告のターゲットをシニアに変えることではありません。商品開発、販売、営業、マーケティング、店舗運営、組織体制までを、シニアの実態に合わせて見直すことです。
そして、シニアの消費が増えることは、シニア本人の生活不安の解消だけでなく、企業の業績向上や若者の雇用機会の増加にもつながる可能性があります。著書でも、健全なシニアビジネスの創出はシニアのためだけでなく、若者のためにもなると述べられています。
シニアビジネスで最初に捨てるべき誤解
シニア市場には、いくつかの大きな誤解があります。
01
シニア層は他の年齢層に比べて資産持ちの傾向がありますが、毎月の所得が多いとは限りません。著書では、シニアの資産構造を「ストック・リッチ、フロー・プア」と説明しています。つまり、資産はあっても日常的に使える現金収入は限られているということです。そのため、「お金を持っているはずだから高額商品が売れる」という考え方は誤りです。シニアは、価格相応の価値を納得できないもの、無駄だと感じるものにはお金を使いません。
02
50代、60代、70代では、生活状況も身体の状態も、支出の優先順位も変わります。さらに、同じ年代でも、仕事を続けている人、退職した人、配偶者がいる人、一人暮らしの人、親の介護をしている人では、求める商品・サービスが異なります。「55歳以上」「65歳以上」といった大きな区切りだけで市場を見ると、実際のニーズを見誤ります。
03
著書の中で特に重要なのが、シニア消費のトリガーは「年齢」ではなく「変化」だという考え方です。シニアの消費は、加齢による身体の変化、本人のライフステージの変化、家族のライフステージの変化、世代特有の嗜好性とその変化、時代性の変化などによって生まれます。たとえば、退職をきっかけに旅行や趣味、健康維持、住まいの見直しへの関心が高まります。また、夫の退職によって妻の自由時間が減り、中食や外出ニーズが高まることもあります。消費の表面だけを見るのではなく、その裏側で何が変わったのかを見ることが重要です。
シニアビジネス成功の基本は「不」の解消
シニアビジネスの機会は、シニアが抱える「不」の中にあります。ここでいう「不」とは、次の3つです。

不 安
健康、老後資金、孤独、介護、認知症などへの心配
健康維持、見守り、相談、予防、資産管理

不 満
既存の商品・サービスが自分に合わない不満
中高年向けフィットネス、使いやすい店舗、丁寧な接客

不 便
身体機能や生活環境の変化による使いにくさ
移動支援、宅配、見やすい表示、操作しやすい機器
著書でも、モノ余りの成熟社会であっても、多くのシニアには未解消の「不安・不満・不便」があり、従来若年層を中心にしてきた企業はそこに十分目を向けてこなかったと説明されています。
シニアビジネスの出発点は、
「シニアに何を売るか」ではなく、
「どんな不を解消するか」にあります。
この視点の転換こそが、シニアビジネス成功の第一歩です。
シニアビジネスの本質理解のための各テーマ
8つのテーマで、シニア市場を多角的に読み解きます。
THEME 01
シニア消費の特徴とは?
購買のきっかけは「年齢」ではなく「生活の変化」
シニアの消費行動は、単純に年齢で決まるものではありません。老眼、体力の低下、退職、子どもの独立、親の介護、配偶者との関係変化など、生活の中で起きる変化が消費のきっかけになります。このページでは、シニア消費を読むための基本となる「5つの変化」を整理します。
01
THEME 02
シニアビジネスのチャンスを見つける方法
成功のカギは「不満・不便・不安」の解消
シニア市場のチャンスは、表面的な流行ではなく、生活の中にある「不安・不満・不便」から見つかります。このページでは、既存市場の周辺に隠れている不を見つける方法、シニアが本当に困っていることをビジネス化する視点を解説します。
02
THEME 03
シニア向けビジネスアイデアの発想法
高齢者向けサービスを生み出す考え方
シニアビジネスでは、既存商品の延長線だけでは新しい価値を生み出しにくい場合があります。大切なのは、異なる業界の成功事例や、シニア以外の市場で生まれた仕組みを横展開することです。このページでは、固定観念を外し、新しい事業アイデアを生み出すための発想法を紹介します。
03
THEME 04
シニアのニーズを把握する方法
市場調査では見えない高齢者の本音
シニア市場では、アンケート調査だけでは本音が見えないことがあります。「欲しい」と答えたのに買わない。「困っていない」と言っているのに、実際には大きな不満・不便を抱えている。このコーナーでは、定量調査の限界と、行動観察・対話・現場理解の重要性を解説します。
04
THEME 05
シニア向け商品開発のポイント
多様な消費行動をひとくくりにしない商品づくり
現代のシニア市場はひとつのマス市場ではなく、多様なミクロ市場の集合体です。シニアをひとくくりにしない商品開発の考え方——顧客価値で括られる多様なセグメントをどう捉えるかを解説します。
05
THEME 06
シニアの消費心理を踏まえた商品提案
購買意欲を高める訴求ポイント
退職後の夫婦旅行、孫への支出、親子の近居、介護への備えなど、家族との関係が消費を動かす場面は少なくありません。このページでは、シニア本人だけでなく、家族の心理も踏まえた商品提案の方法を紹介します。
06
THEME 07
どうやってシニア顧客にリーチするか?
シニアの本音を引き出す効果的なリーチ手法とポイント
シニアのインターネット利用は年々広がり、情報収集力の高い「スマートシニア」が増えています。自分で調べ、比較し、納得してから購入するシニアに選ばれるための情報発信・導線設計・信頼形成のポイントを解説します。
07
THEME 08
シニア顧客をファンにする方法
継続購入につながる「心の報酬」のつくり方
割引やポイントだけでは不十分です。「自分を理解してくれている」「ここに来ると安心できる」「自分の経験が尊重されている」——こうした心の報酬が、継続利用や紹介につながります。このページでは、長く関係を築くためのロイヤル化設計を解説します。
08
シニアビジネスに関する
よくある質問と回答
Qそもそも、シニアとは何歳以上の人を指しますか
現時点ではシニアの定義を「60歳以上の人」としています。この理由は60歳が定年退職の年齢だった時代が長かったため、市場として見ると60歳を区切りに様々な特徴が見られるためです。また多くの地方自治体が現在も60歳以上を福祉サービスの対象としていることも理由です。
シニアという言葉は英語のseniorが由来で、これには「年長の」という意味しかなく、何歳以上という年齢の定義はありません。ただし、senior citizenというと「高齢者」の意味になります。現在、多くの国で高齢者の定義は「65歳以上の人」になっています。
注意したいのは、高齢者の定義は時代とともに変化することです。50年以上前には日本における高齢者の定義は「55歳以上の人」でした。一方、働き続ける高齢者の増加など社会的変化を踏まえ、政府内では高齢者の定義を「70歳以上または75歳以上」に変更することをかなり以前から議論しています。近い将来に高齢者の定義は変わる可能性があります。
Qシニア市場はどの位の規模がありますか
ニッセイ基礎研究所によれば、60歳以上の消費額は2025年度で約108兆円と推計されています。この数値は2022年度の国の一般会計予算とほぼ同じ規模です。これよりシニア市場の規模はかなり大きいことがわかります。
一方、みずほ銀行産業調査部によれば、シニアを65歳以上と定義し、2023年度で96.4兆円と推計しています。先のニッセイ基礎研究所のものとシニアの定義が異なるので同列に比較できませんが、どちらの定義でも市場規模は100兆円前後という推計になります。
Qシニア市場を分野別にみると、それぞれどの位の規模ですか
みずほ銀行産業調査部によれば、2023年度96.4兆円の内訳は、生活産業55.7兆円、医療29兆円、介護11.7兆円となっています。ここで、生活産業は家計調査に基づく世帯主65歳以上世帯の消費支出合計、医療は65歳以上の医療費、介護は介護費用を推計したものとなっています。また、医療費・介護費の自己負担分は、医療・介護と生活産業に重複計上されている(医療費・介護費の1割程度に相当)とのことです。
Qシニアビジネスの対象が企業によって異なるようですが
シニアビジネスには、シニアが「商品・サービスの使い手になるもの」と「商品・サービスの担い手になるもの」の2つがあります。
また、シニアビジネスと言っても、従来のアクティブシニア向けビジネスではなく、企業(業界)によっては、医療・介護ビジネスを指す場合や、納骨堂・家族葬ホール運営など終活ビジネスを指す場合もあります。
別の観点では、医療・介護サービスは事業者の売上の多くが公的保険(健康保険または介護保険)の報酬に依存していますが、医療・介護サービス以外は公的保険報酬に依らず利用者(受益者)100%負担、いわゆる全額自費負担となっています。
日本の介護サービスでは、受益者はサービス総額の10%しか負担しなくてよいですが、海外のほとんどの国では公的介護保険制度がないため、全額自費負担が当たり前となっています。海外の事業者と「シニアビジネス」の話をする場合には、まずこの点を確認する必要があります。
Q介護保険外サービスを検討していますが、注意すべき点は何でしょうか
介護保険外ビジネスでは、介護保険ビジネスで当たり前とされている商習慣に対する次の3つの発想転換が必要です。①事業におけるコストと品質とのバランス感覚を持つこと、②保険サービスの時と別の土俵での市場開拓が必要なこと、③商品には機能だけでなくスタイリッシュさが必要なこと。
①は、特に保険報酬によって、過剰スタッフと過剰サービスでも事業が成立する場合があるため、これに慣れてしまうと保険外サービスではペイしなくなります。②は、保険サービスに慣れている利用者に保険外サービスを提供する場合は、自費負担が増えることへの抵抗感が大きいのです。このため、既存の保険サービスとはブランドを変えるなど別の土俵で行う必要があります。③は、機能は優れているものの、デザインがいかにも年寄り臭いものを介護用品分野では多く見かけます。これは官製市場でよく見られる光景です。保険外とは自費負担のことですので、通常の商品同様、オシャレでスタイリッシュなデザインと機能性、適切な価格が求められます。
Qシニアビジネスの失敗事例とその理由を教えてください
失敗事例の代表例は「中高年向け雑誌」と「中高年向け会員制サービス」です。
中高年向け雑誌は、2000年頃から急増し、のべ100誌以上が世に出ていると言われています。しかし、この分野で雑誌ビジネスの成功の目安と言われる10万部を超えているのは、女性向けシニア誌「ハルメク(旧:いきいき)」しかありません。男性向けシニア誌は全滅と言ってよいでしょう。もっとも、最近は紙媒体が減っており、このカテゴリーの寿命自体が長くない可能性大です。
中高年向け会員制サービスもこれまで数多く登場しましたが、消滅したものがほとんどです。ある大手企業が立ち上げた中高年ターゲットの健康サロンには、フィットネス、レストラン、カルチャースクールと何でもあったのですが、会員数が伸びず、3年で撤退。別のある中高年向け会員クラブは、民放ラジオ番組とのタイアップで差異化したものの、やはり数年後に撤退しました。
これらの失敗事例の共通点は、内容があれもこれもと「てんこ盛り」で、競合他社との差異化がぼやけていることです。つまり、競合他社にない「キラーコンテンツ」がないことです。
既存の他社製のコンテンツやサービスを寄せ集めて自社サービスとする例がよく見られますが、これは競合他社が真似できるため中長期的な差異化になりません。
言い換えると、シニアビジネス成功のカギは、自社独自の「キラーコンテンツ」を持つことです。
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1962年新潟県生まれ。1987年東北大学大学院工学研究科修了。日本総合研究所等を経て、02年3月村田アソシエイツ株式会社設立、同社代表取締役に就任。06年2月東北大学特任教授、08年11月東北大学加齢医学研究所 特任教授、09年10月東北大学スマート・エイジング国際共同研究センター(現:加齢医学研究所スマート・エイジングセンター)特任教授に就任。わが国のシニアビジネス分野のパイオニアであり、高齢社会研究の第一人者として講演、新聞・雑誌への執筆も多数。


