シニアビジネスに関して企業の皆さんから受ける質問で最も多いのは「シニアの消費行動の特徴について知りたい」「今後シニアの消費行動はどうなっていくのか?」というものです。シニアの消費行動については、企業の中に「シニアはアクティブで金持ち、時間もちで人数も多い」というステレオタイプに捉える見方が相変わらず多いようです。
このテーマでは、まず、こうした偏った見方や大雑把な捉え方の「俗説」を排し、正しい認識についてお話しします。
CHAPTER 1巷にはびこるシニアの消費行動の俗説を排す
日本の人口は2008年にピークを迎えてから減少を始め、今後も減少し続けると言われています。一方、総務省 統計局によれば、2025年9月15日推計で、65歳以上の高齢者人口は3,619万人、高齢化率は29.4%と過去最高になっています。実は地方自治体別に見れば高齢者人口も減少するところが多くありますが、日本全体の高齢者人口は2040年まで増え続けます。その後は減少に転ずるものの、高齢化率はその後も上昇を続けます。高齢化率は2060年には39.9%に達すると予測されています。
その高齢者が保有する資産は、総務省統計局による「家計調査」令和3年(2021年)によれば、1世帯当たり正味金融資産(貯蓄から負債を引いたもの)の平均値は、60〜69歳で2,323万円と最も多くなっています。2番目が70歳以上で2,232万円、3番目が50〜59歳で1,154万円、40歳代以下はマイナス、つまり貯蓄より負債の方が多いのです。また、年齢階級別の持家率で見ると、60歳代以上は90%を超える持家率となっており、他の年齢層よりも高くなっています。
このようにシニア層は、他の年齢層に比べて平均的には資産持ちです。このために、次の俗説がはびこってしまうのです。
ところが、厚生労働省「国民生活基礎調査」令和元年(2019年)によれば、世帯主の年齢階級別の「年間所得」は、50〜59歳で756万円と最も多くなっています。2番目が40〜49歳で694.8万円、3番目が30〜39歳で614.8万円、4番目が60〜69歳で566万円、5番目が70歳以上で394.6万円となっています。資産持ちの60歳代・70歳代は、所得では4番目と5番目なのです。この主な理由は、60歳代・70歳代は多くの世帯主が退職し、主たる収入源が年金だからです。
このように、シニアの資産構造の特徴は「ストック・リッチ、フロー・プア」です。この言い方は、実は和製英語で、英語ではassets rich, cash poor(アセット・リッチ、キャッシュ・プア)と言います。
一般に将来に対する明るい展望が見られないと思いがちなことから、シニアは3K不安(健康不安・経済不安・孤独不安)が強いのです。このために、いざ高額出費が必要という時のために備えてお金を蓄える傾向が強い。そして、普段の生活においては倹約志向が強く、無駄なものにはあまり出費をしない消費スタイルの人が多いのです。
ただし、後で詳細に説明しますが、シニア一人ひとりの消費行動は多様なので、こうした消費スタイルが全ての人にあてはまるわけではありません。ただ、他の年齢層と比較した場合の一般的傾向としては間違いありません。
シニア層は所得は少ないが他の年齢層より資産は多いことから、「やっぱり資産持ちなので日常消費も多いのだろう。都心のデパートなどで高級品を買っているのは大半がシニア層ではないか」といった声が聞こえてきます。実態はどうでしょうか。
総務省統計局「家計調査」2020年によれば、世帯主の年齢階級別の世帯当たり1か月間の「消費支出」は、40歳代が29万1千7百円、50歳代が29万6百円なのに対して、60歳代が26万8千4百円、70歳代が23万4千2百円と減少していきます。これを見ると、1か月間の「消費支出」の傾向は、世帯主の年齢階級別の「年間所得」の傾向にほぼ比例していることがわかります。
この1か月間の「消費支出」の費目の大半は「日常的支出」です。また、世帯主が60歳代以上の世帯の主たる所得は年金であり、年金は隔月に一度の支払いですが、支払金額は毎月ほぼ一定です。これらより、世帯主の年齢階級別の世帯当たり1か月間の消費支出は、ほぼ毎月の所得に比例していると言えます。つまり、資産が多いからと言って、それが日常消費に回っているわけではないのです。
映画館のシニア割引は60歳以上の場合が多いようです。一方、スーパーのシニア割引は55歳以上の場合が多い。イオンが導入したGG(グランド・ジェネレーション)割引も55歳以上となっています。このように年長者を対象とした会員制度や割引制度では50歳から65歳を区切りとして、それ以上の年齢層を対象としていることが多いのです。
ところが、消費行動で見た場合、50歳から65歳を区切りとして、それ以上の年齢層で皆同じにはなりません。毎月の消費支出は年代が上がると一般に減少します。しかし、費目ごとに見ると、減少するもの、増加するもの、変わらないものがあります。
- 支出が減少するもの:教育費、被服・履物費。食費や教養・娯楽費も支出は減りますが、支出全体における割合は増えます。
- 支出が増加するもの:保健医療費(医療・介護・健康維持などにかかる支出)。
- 支出が変わらないもの:住居費、光熱・水道費(多くの人が50歳代まで住んでいる家に住み続けるため)。
このように50歳代・60歳代・70歳代では支出の仕方が異なります。流通・小売業では「55歳以上をシニア」と定義する例がよく見られますが、現代においてこうした大雑把なくくり方をすると、市場を見誤る原因になるので注意が必要です。
シニア市場をどう攻略するか、という議論が企業においてなされる時、必ず出るのがシニア市場を年齢によってセグメント分けするやり方です。しかし、この年齢によるセグメント分けには注意が必要です。なぜなら、私たちがモノやサービスを買うのは、何かの状態が変化した時であり、必ずしも年齢が変化した時ではないからです。
「加齢による身体の変化」と消費行動
私たちの身体は加齢とともに変化し、中高年期には一般に衰えていきます。老眼、体力の衰え、皮膚の衰え、体型の変化、更年期障害、肩やひざの痛みなどを実感すると、対処や予防のための消費が生まれます。
このような変化に対応した商品・サービスには、老眼鏡、ルーペ、白髪染め、補聴器、ウォーキングシューズ、トレーニングウエア、補整下着、各種サプリメント(コラーゲン、コンドロイチン、ヒアルロン酸、カルシウムなど)、スポーツジムなど、たくさんあります。
しかし、こうした商品・サービスは、誰にでも同程度に必要とされるわけではありません。たとえば、50歳代・60歳代の女性に「最近、体調や体型の変化で気になることはありますか」と尋ねると両年代とも「体力の衰え」を一番目に挙げます。ところが、50歳代が肌の衰えや更年期障害を二番目に挙げるのに対して、60歳代は関節の痛みを二番目に挙げます。

これに関連して、「美容や体型維持のために定期的にしていることはありますか?」と尋ねると、50歳代では「サプリメント」の服用が目立つのに対して、60歳代ではウォーキングやスポーツジムなどでの運動が目立ちます。50歳代と60歳代の対処策の差は、時間的余裕の有無に起因します。仕事や家事、子育てで忙しい50歳代と、そうした作業から解放された60歳代との違いが消費行動の違いに表れているのです。
こうした消費行動の差は、実は年齢ではなく、身体の変化の違いと、この後に触れる「本人のライフステージの変化」によって生じていることに注意しましょう。
「本人のライフステージの変化」も消費行動に影響する
「本人のライフステージの変化」も消費行動に影響を及ぼします。男性で一番大きいライフステージの変化のひとつは退職です。退職をきっかけとした具体的な行動で一番多いのが「夫婦での旅行」です。これは実は定番商品で、退職したら半分くらいの人が旅行に出かけます。

コロナ禍以前まで、パック旅行費への年間支出を見ると、一番多いのはやはり60歳代です。国内旅行・海外旅行ともに多い。次に多いのが70歳代です。旅行の場合は、退職後半年以内に、まず退職記念旅行に出かけ、その後も折に触れて何度も出かけるというパターンが多いようです。
その次には「散歩・ジョギング・ラジオ体操など」「家のリフォーム」「保険の加入・見直し」「株やファンドの購入」が上位にきます。退職直後の消費の共通点は、健康維持、老後準備、趣味・自分探しのための消費であることです。また、比較的高額商品が多いことも共通点です。
ダウンサイジング消費は多くの退職者に起こる
退職者によく売れる車は、軽自動車とハイブリッド車です。なぜ、こうした車が売れるのでしょうか?答えはダウンサイジング、つまり、生活支出の規模を小さくするためです。年金生活に入るので毎月の出費はなるべく減らしたい。だから、ガソリン消費の少ない車がいい。子供はもう独立しているからサイズは小さくていい。こういうダウンサイジング消費が退職後3か月から半年くらいの間に結構見られます。
いずれにせよ、退職年齢が多様化しているため、特定の年齢になったから退職するとは限らないことにも注意してください。つまり、本人のライフステージの変化も年齢だけでなく、本人のいろいろな都合で起きると認識すべきなのです。
「家族のライフステージの変化」と消費行動
シニア本人の消費は、「家族のライフステージの変化」にも大きく影響を受けます。この変化には、配偶者の退職や子供の巣立ち、親が入院・要介護状態になることなどがあります。特に影響を受けるのは、夫、子供、実親、義理の親がいる妻の消費行動です。
夫が退職しても、妻の自由時間が増えるとは限らない
夫が退職すると、妻は自分の自由時間が増えるものと予想しがちです。しかし、現実にはそうとは限りません。その理由は、退職後に自宅にいる時間が長くなる「自宅引きこもり派」が結構多いからです。
以前、「1週間のうち、夫が家にいるのはどの程度か」を調査したところ、以下のような結果が出ました。
「ほぼ毎日家にいる」:38.5%
「家にいる方が外出より多い」:25.0%
これら両者を足すと、なんと63.5%の夫が「自宅引きこもり派」という計算になります。
夫が「自宅引きこもり派」の場合、「食事の手間」を減らしたい
会社を辞めた途端、「夫がずっと家にいて、朝から晩まで一日中テレビがついている」とこぼす妻は結構多いものです。こうした「自宅引きこもり派」の夫がいる場合、妻が一番負担に感じるのは「食事の手間」が増えることです。このような状況から生まれたのが「中食(なかしょく)」市場です。
中食とは、総菜やコンビニ弁当などの調理済み食品を、自宅で食べることをいいます。現在、イオンの「レディーミール」、セブン&アイの「セブンプレミアム」、ローソンの「ローソンセレクト」など、スーパーやコンビニは小容量の煮魚や煮物など、中高年が好む商品開発に注力しています。
夫が「外出派」の場合、妻と共に行動するかで消費行動が分かれる
夫が比較的外出を好む場合、妻と一緒に行動したがるか、それとも別に行動したがるかで、妻の消費行動は異なります。
1. 夫婦一緒に行動したがる場合
旅行は常に夫婦一緒で、美術館や博物館へのお出かけ、映画、演奏会なども一緒に行くため、消費の意思決定には夫の意見が尊重されやすくなります。また、消費行動1回当たりの単価は常に二人分となるため、高めになります。
2. 別々に行動したがる場合
妻の「自由度の高い」消費行動が見られるようになります。たとえば、おひとり様専用の旅行や、女性グループ同士の旅行・食事会、スポーツジム通い、カルチャーセンター通いなどが増えます。これらは、これまで続いていた夫の面倒や子育てといった「拘束からの解放」がきっかけとなって生まれた、新たな「時間消費」の形態です。
POINT
シニアの消費は「年齢」そのものでは決まりません。むしろシニア特有の「変化」で決まるのです。そのなかでも比較的影響力の大きいのは、①加齢による身体の変化、②本人のライフステージの変化、③家族のライフステージの変化、④世代特有の嗜好性とその変化、⑤時代性の変化、の「5つの変化」です。
シニア層の消費行動は、若年層に比べると非常に多様でバラバラになります。団塊世代は、他の世代に比べて人数は多いのですが、みんなが同じ消費行動をとるわけではありません。
モノが少ない高度成長期は、多くの人が戦後の貧しい時代からの脱出を目指し、同じような収入レベルで、同じような生活スタイルを送っていました。その時代には、顧客をひとつの「カタマリ」と見なし、大量生産・大量流通・大量販売し、それが大量消費されることが成立しました。堺屋太一氏が命名した「団塊世代」という言葉は、「大きなかたまりの世代」という意味です。
ところが、消費行動の多様化の結果、もはや団塊世代という一様の「カタマリ」は壊れ、多様な「小グループ」に再編されつつあります。つまり、団塊世代は、団”壊”世代になっているのです。
したがって、シニア市場はマス・マーケットではなく「多様なミクロ市場の集合体」なのです。こういう性質の市場では、マス・マーケティングがやりにくくなります。シニア市場とは「年齢」ではなく、顧客が求める「価値」で括られる市場と認識すべきです。その価値が何なのかをいち早く見つけ出すことがシニア市場でビジネスを成功させるカギとなります。
シニア市場は退職男性の市場だと思っている方が企業経営者には多いようです。前述の通り、男性の大きなライフステージの変化である退職をきっかけに新たな消費が発生するのは確かです。しかし、シニア市場が退職男性の市場だと思い込んでしまうと、市場を見誤ります。
人口動態の男女を重ねたグラフで注目してほしいのは、団塊世代よりも上の年齢層です。飛び出ている箇所は実は女性です。つまり、団塊世代よりも上の年齢層では、女性の数が圧倒的に多いのです。これより、シニア市場は「女性主導市場」であることがわかります。
ざっくり言うと、男女比が70歳代では1:2、80歳代では1:3になります。また、シニア層では男性の消費行動は女性の消費行動によって結構影響を受けます。特に退職すると影響を受けやすくなります。たとえば、男性は退職後の居場所探しが結構重要な作業になります。そんな場合、後押ししてくれるのは、たいてい奥さんを含む女性が多いのです。

このテーマのまとめ
- シニア層は他の年齢層より資産(ストック)は多いが、所得(フロー)は少ない「ストック・リッチ、フロー・プア」の構造です
- シニア層の日常消費は資産ではなく毎月の所得にほぼ比例します。資産が多いからといって日常消費が多いわけではありません
- 50歳代・60歳代・70歳代では支出の仕方が異なります。「55歳以上をシニア」という大雑把なくくり方は市場を見誤る原因になります
- シニアの消費は「年齢」そのものでは決まりません。①加齢による身体の変化、②本人のライフステージの変化、③家族のライフステージの変化、④世代特有の嗜好性とその変化、⑤時代性の変化——「5つの変化」で決まります
- 団塊世代はもはや一様の「カタマリ」ではなく多様な「小グループ」に再編されています。シニア市場はマス・マーケットではなく、顧客価値で括られる多様なミクロ市場の集合体です
- 70歳代の男女比は1:2、80歳代では1:3。シニア市場は「女性主導市場」であることを忘れてはなりません


