シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第211回
連載第208回で脳が活発に働く生活習慣について、第210回で脳が働くことの脳科学的な意味を説明した。今回は講演等でよく尋ねられる「生活習慣の内容と脳活動の活性化度合い」について解説したい。
本の黙読、いわゆる読書は脳活動を活性化するか
これまで何度か述べた通り、大きな声で文章を音読すると大脳の前頭前野(ぜんとうぜんや)を含む脳の多くの部位の活動が活性化することが東北大学の川島隆太教授らの研究でわかっている(図1)。
一方、よく尋ねられるのが「本の黙読、いわゆる読書は脳活動を活性化するか」という質問だ。結論から言えば、「そこそこ活性化」する(図2)。
ただし、図1と比較するとわかるが、音読に比べると活性化する脳の部位が少なくなっている。これは、音読と言う行為が黙読に比べて多くの部位の脳機能を使っていることを意味する。
また、音読の際にできるだけ「速く」読むと、さらに脳の多くの部位が活性化することもわかっている。
まとめると、黙読<音読<大きな声で音読<大きな声で速く音読、の順に脳活動を活性化する度合いが強くなる。
ユーチューブの視聴は前頭前野の活動を抑制する
「ユーチューブ(YouTube)」は、パソコンやスマホがあれば誰でも気軽に利用できるため、コロナ禍で自宅滞在時間が増えたのをきっかけに、視聴者数と一人当たりの視聴時間が大幅に増えた。
脳科学的にはユーチューブ視聴はテレビ視聴とほぼ同じ活動だ。このため連載第208回で触れた通り、テレビ視聴時と同様に、ユーチューブ視聴時にも前頭前野に「抑制現象」が生じると考えられる。この現象が生じると、前頭前野の活動量が安静時よりも少なくなる。
注意したいのは、この現象は視聴する番組の種類に関係なく生じることだ。抑制現象が生じている場合の前頭前野は、実はリラックス状態にある。
このため一日の仕事が終わった後に、晩酌をしながら2時間程度視聴するのならリラックス効果として全く問題ない。ところが、これが一日5、6時間以上、毎日続くと弊害が出る。
前頭前野は情報処理と思考の中枢であり、コミュニケーションや判断、意思決定など重要な機能を担っている。したがって、この部位の活動に長時間抑制がかかると、活動が低下した状態が長く続くことになり、認知機能の低下につながる。
一方、テレビやユーチューブを視聴中でも「手書き」でメモを取ると、前頭前野を含む脳の多くの部位の活動が活性化する。2時間以上視聴する場合は、時々手書きでメモを取ると脳トレになると言える。
ただし、この作業はリラックスとは逆の「集中」を必要とする行為なので、晩酌をしながら行うのはかなりの心的エネルギーが必要だろう。
マージャンは脳活動をどの程度活性化するか?
香港や台湾などの中国語圏で講演すると必ず尋ねられるのが「マージャンは脳活動を活性化するか」という質問だ。結論から言えば「そこそこ活性化する」が回答だ。
これについては、㈱シグナルトークが運営するオンラインマージャンMaru-Janからの依頼で、東北大学発ベンチャー㈱NeUの『Active Brain CLUB』というアプリで、超小型NIRSを前頭前野に装着した状態でマージャンを行ってもらい、脳活動状況を計測した例がある。
この計測によれば、手持ちの牌(ぱい)の何を切って、どう進めていくか悩む配牌時に脳活動が活発になったとのこと。また、手持ちの牌の構築を行う前半や、あがりや放銃に気を使う後半にも脳活動が活発になる傾向が顕著に見られたとのことだ。
最近はデイサービスのラスベガスや自治体の市民交流プラザなどでもマージャン教室がよく見られ、高齢者が参加するようになった。
ラスベガスは当初、公的介護保険を使ってカジノを助長するのか、などと批判されたが、高齢者のデイサービスへの参加意欲が高まることから、むしろ有用との評価が得られている。
ただし、先の脳活動の評価例は非常に簡易な計測のため、結果の信憑性は低い。今後は学術的な信憑性の高い方法で検証を行い、認知機能改善効果の科学的エビデンスを取得することが望まれる。
これにより、税金投入型の福祉政策でのマージャンの活用をより合理的に主張できるようになるだろう。