2022年8月26日 日経MJ連載 納得!シニア消費
シニアにヒットの理由1:「自己復活消費」を後押し
手芸用品大手、ユザワヤ商事の「脳トレ手芸シリーズ」が50代、60代の女性に好評だ。2020年12月発売以来、第一弾「クロスステッチ刺繍(ししゅう)キット」と第二弾「編み物キット」の累計販売数が約26,000個となった。
同社によれば従来品の4倍規模とのことで縮小気味の手芸市場では異例のヒットだ。
横浜市の渡辺美香子さん(仮名、59歳)は「編み物は若い頃やっていたが、子育てと仕事でしばらくご無沙汰していた。この商品を手に取ったら懐かしさを感じ、再び始めた」という。
昔やっていたことにもう一度取り組み、自分らしさを取り戻そうとする消費を筆者は「自己復活消費」と呼んでいる。こうした消費形態はおおむね50代以降に見られる。脳トレシリーズが好評な理由の第一は、この消費形態を後押ししている点だ。
自己復活消費は子育て終了や退職などを機に時間の拘束から解放されると起こりやすい。また50代になると老眼など感覚器の衰えや認知機能の衰えで新しいことに取り組むのがおっくうになっていく。このため新しいことより昔慣れ親しんだことの方が取り組みやすくなる。
一方で、一般的に50代は20代、30代に比べて経済的に余裕ができる。年齢別の年間所得の面では50代が最も大きいからだ。例えば葛飾北斎の浮世絵柄のクロスステッチ刺繍キットは5,808円だが、よく売れているという。
シニアにヒットの理由2:楽しく継続でき脳トレにもなる
2つ目の理由は、手芸が脳トレにもなる点だ。千葉県柏市の斉藤由美子さん(仮名、61歳)は「長男が誕生日に贈ってくれたのをきっかけに始めた。もともと手芸は好きなので楽しいことを続けるとボケ防止にもなるというのが嬉しい」と語る。
脳トレとは「脳を鍛えるためのトレーニング」である。効果を上げるには、パソコンやスマートフォンなどのアプリでそれなりの負荷を脳にかけなければならない。ところが、高齢になるにつれ、この負荷を苦痛に感じて中断する人が多い。
そこでスマホなどで脳トレに取り組む代わりに、日常生活のなかで自分が好きなことに取り組むと、自然と脳が鍛えられ、継続もされやすいと考えられる。
従来、手芸のような手先を使いながら模様を描いていく活動は、脳活動の活性化に良いと思われていた。だが、それを証明する科学的なエビデンスが十分でなかった。
脳トレ手芸の商品は、東北大学と日立ハイテクなどが設立したNeU(ニュー、東京・千代田)が実証実験・監修を担当した。
超小型センサーによる脳計測の結果、クロスステッチ刺繍や編み物を行うことで脳の活動が活性化することが分かったという。
25年には人数の多い団塊世代が全て75歳を超える。厚労省のデータで75歳を過ぎると認知症有病率が急増することが知られている。団塊世代全員に脳トレに取り組んでもらうのは現実には容易ではないだろう。
年配の女性には刺繍や編み物などが好きな人が多い。楽しみながら脳の健康も維持できるなら一挙両得で取り組みやすいと言えそうだ。