保険毎日新聞 連載 シニア市場の気になるトレンド 第8回
シニア市場が台頭するアジア 内実は多様で複雑
日本以外のアジア各国でもシニア市場が成長しつつある。アジアの高齢化率をみると、2010年を基準とすると日本が23%と最も大きい。次が香港で12.5%。以下、韓国、台湾、シンガポールと続く(図表)。
高齢化率では日本に比べまだ若い国に見える。だが、これらの国々は近い将来、急速な高齢化が見込まれるため政府の危機感が非常に強い。
その理由は日本よりも少子化が進んでいるためだ。例えば香港では平均寿命は男女とも世界2位だが、出生率は2010年で1.13とかなり低い。
一方、65歳以上の人口の数でいうと、やはり中国が圧倒的だ。2010年で既に65歳以上が1億1000万人以上いる。つまり、現時点で日本の総人口より少し少ないくらいの高齢者が存在するのだ。次に多いのがインドで6000万人、3番目が日本で大体2800万人。
こうしてみると中国、インドは市場が大きく見えるが、ビジネスとなると実はそう簡単ではない。ビジネスになるにはニーズの有無、購買力があることが必要だからだ。
購買力を見るには、現地の貨幣価値を考慮した1人当たりの「購買力平価ベースGDP」が重要だ。シンガポール、ブルネイ、香港、台湾は実は日本よりも大きい。韓国も日本に次ぐ水準である。これらの国々では平均的には人々の購買力は十分あると言える。
ただ、平均所得水準の高低だけで論じると不十分である。国によっては所得の分布をみると、ごく一部のお金持ちがいて、貧しい人もたくさんいて、ちょうど平均に当たる人は少ないという例もある。
所得格差を表すジニ指数をみると、例えば、香港、シンガポール、中国は日本に比べて所得格差が大きい。一方、韓国、インドは日本よりも小さい。
シニア市場の面でアジア各国は5つのグループで見るべき
以上より、アジアでターゲットにすべき国・地域は次の通りグループ化できる。
第1のグループは香港・シンガポール。香港は高齢化率でいうと12.7%、シンガポールは9%と日本の半分ぐらい。人数も日本に比べれば65歳以上の人数は少ない。
しかし、1人当たりのGDPが高く、かつ所得格差が大きい。ということは、平均よりも上の人たちと富裕層がターゲットになる。
第2のグループは韓国、台湾。韓国は高齢化率が11.1%。総人口も日本より少ない。しかし、所得格差は日本と同じくらいで、1人当たりGDPは日本よりも少し落ちる程度。ということは、アッパーミドルに日本と同程度の購買層がいると予想される。
韓国には全体の人口の半分近い248万人がソウルとその周辺に住んでいる。そうした都市部に住むアッパーミドルがターゲットになる。台湾も韓国と構造が似ており、台北市とその周辺(新北市など)にアッパーミドル層が集中している。
第3のグループは中国。高齢化率はまだ小さいが絶対人数が多い。所得水準はかなり上がってきているが、国全体で見るとまだ低い。ただし、都市部には富裕層が増えている。こうした都市部の富裕層がターゲットになる。
第4のグループはインド、インドネシア。高齢化率は5%くらいでまだ若い。全人口が多いので存在する高齢者の数も多いが、所得水準は低い。ターゲットになるのは、ごく一部の富裕層となる。
第5のグループはタイ、マレーシア。両国とも相対的にまだ若い国である。特にマレーシアは高齢者の数は少ない。
しかし、ここは日本人を含む外国人をターゲットにしたリタイアメント産業が結構発展しており、インフラを持っている。したがって、当面はそこにやって来る日本人や外国人を狙う方がビジネスになりやすい。
このようにアジアは広く、国や地域によって状況が異なる。これらの地域でシニア向けビジネスを展開しようとする場合、自社の商品がどのあたりの層に合致し、誰をターゲットにするのかを明確にする必要がある。どんな分野でもそうだが、闇雲に海外市場に飛び出すだけでは、当てが外れる可能性は高い。
アジアに進出する日本企業側にも発想の転換が必要
香港やシンガポールは、アジアの中では比較的所得水準も高いが、介護サービスのレベルはまだそれほど高くない。そもそもまだ日本に比べて若い国だということもあるが、貧富の差が大きいため、富裕層はヘルパーの代わりに複数のメイドを雇う人が多い。
ところが、メイドは家事の手伝いはできても介護の経験はない。これが事故につながりやすいので、プロフェッショナルなサービスが必要だと思っている人も多い。
こうした国々は日本企業をベンチマークしていて、日本企業と組むことで、日本で確立されている介護サービスのスタンダードをそのまま自分たちの国に導入したいと考えている。
実際、いくつかの日本企業がこれらの国の企業や政府と水面下で話し合いを進めており、関連企業の動きもこれから活発になっていくだろう。
一方で、介護ビジネスは結局のところ人材育成のビジネスであり、時間がかかる。日本で介護ビジネスを展開してきた企業がアジア進出を考えるときに、最も危惧しているのはこの点である。
つまり、現地の人材を活用するにしても、進出した直後は日本から人が出向いてコーチする必要がある。介護ビジネスをよく理解していて、語学力もありリーダーシップもある人材を長期間送り込まなければならなくなるので、中小企業が多い介護業界では、まだ進出に二の足を踏む場合が多い。
介護の世界では介護技術だけでなく、スタッフが介護の理念・哲学を理解することが大事になる。そこが欠けてしまうと、働いている人たち自身が、なぜ介護をやっているのかさえわからなくなってしまう。アジア市場に進出する際は、こうした部分の教育を現地のスタッフにきちんと行うことが重要だ。
ビジネスの仕組みも日本とは異なる。日本には公的介護保険制度があり、1割は自己負担、9割は保険報酬で賄われる。
日本ではこれを基盤としてビジネスを組み立てられるが、韓国で一部ある介護保険がある以外、アジアの他の国ではこうした仕組みがない。だから、入居者や利用者が自腹を切ってサービスを受けることを前提で考えなければならない。
日本の介護業界は、これまで国内向けが主だったので、海外向けにカスタマイズするのに手間がかかる側面もある。これらのことを考えると、いまのところは多くの人手を割かずに済む情報システムや出来合いの介護用品を売りたいというのが企業側の本音だろう。
このようにアジアと一口で言っても広範で多様であり、内実は複雑である。
アジア市場というマス・マーケットはないとみるべきだ。だから、実際にアジア市場に進出する場合、どういう商材・ビジネスなら、どの地域に、いつ進出するのが最適化か、きめ細かな事業戦略が必要となる。
保険業界は日本の業界だけに留まらず、アジアのシニア市場動向にも目配りをしておくべきだろう。