シニア市場に向けた商品開発は、「シニア層」という大雑把なくくりで見ていたのでは、一人ひとりに本当に受け入れられるものを創り出せません。視点を大きく変え、「個客」とでもいうべき小さなクラスターを把握し、そこから発想していかなくてはなりません。このテーマではそうした切り口をお話しします。
自社商品がどの「ミクロ市場」に位置づけられるかを知る
累計販売台数2100万台超えという成功を収めたNTTドコモの「らくらくホン」は、シニア市場を「マス」ではなく「ミクロ市場の集合体」として見直すことで大ヒットを生み出した典型例です。2005年頃に踊り場を迎えたらくらくホンに対して、担当者から「シニア向け携帯電話に何が必要なのか、どのようなモデルを何機種作ったらよいか」という相談を受けたことが出発点でした。
60歳以上を対象とした大規模なデータを「使いたい機能の数」と「月別通話料金」を切り口に整理した結果、市場全体が10種類ほどの小グループに分かれることがわかりました。さらに大きく「ローエンド」「ミドル」「ハイエンド」の3グループにまとめることができました。
シニア携帯市場の3グループ
使いたい機能は2〜3個(電話・メール・写真撮影)。月の通話料は2,000〜3,000円。退職して仕事をしていない男性と専業主婦が中心。いざという時の連絡など必要最小限の機能があれば十分

使いたい機能は3〜5個。月の通話料は3,000〜5,000円程度。ミドル向けの「らくらくホンベーシック」「らくらくホンⅣ」は驚くほどの売れ行きを記録した

使いたい機能は5〜6個(電話・メール・写真・ネット・ワンセグ・電子マネーなど)。月の通話料は5,000〜10,000円。仕事で携帯を活用する現役ビジネスマン・経営者が中心

シニア市場は決して「マス」で見てはいけない。市場全体を「多様なミクロ市場の集合体」に定義し直し、自社の商品がどの「ミクロ市場」に位置づけられるのかを把握することが先決。
多様な「受け皿」を用意する
シニア市場の多様性に対応するには、その多様なニーズに応えられる受け皿を増やすことが有効です。クラブツーリズムのテーマ型旅行、小売業の多様な店舗形態・営業時間がその典型例です。
数百のテーマ型旅行を受け皿として用意するクラブツーリズム
シニアを主要ターゲットとした旅行会社の老舗、クラブツーリズムは「テーマ型旅行」の開拓者です。「あこがれの鉄道」「北海道の雄大な花の庭」「南国リゾートのハワイ」「世界遺産の夜祭」など、「これは自分のための旅行だ」と思わせる細かく具体的な国内外のテーマ型旅行を数百以上用意しています。最少催行人数10人からというものもあり、気安く参加できる敷居の低さも受けています。
ツアーは会社側が企画するものと、会員からの要請を受けて一緒に作り上げるものの2種類があります。双方向のコミュニケーションで作り上げた企画は手作り感があるため参加者の満足度は高まります。一方で、メンバーが固定化することを鬱陶しく感じる人もいるため、特定のテーマでリピーターを確保しつつ、常にオープンな雰囲気を醸成することが重要です。
店舗形態・営業時間の多様化で受け皿を増やす小売業
スーパー、コンビニ、ドラッグストアが同じような品揃えになる「コンバージェンス」が進む中、小売業は多様な受け皿で来店客を増やす工夫をしています。ローソンの「ローソン100」→「ローソンマート」(コンビニの利便性+スーパーの品揃え)→「Lミニマート」、イオンの「まいばすけっと」(コンビニ跡地を活用した小型スーパー)、九州発のトライアルホールディングスの小型スーパー「トライアルGO」がその代表例です。
営業時間の多様化もシニア対応の一環です。朝7時開店は退職後に早起きになったシニアの「ちょっと朝食を」ニーズを捉え、深夜まで営業する駅近スーパーはまだ仕事をしている人の帰宅後の中食需要を取り込んでいます。商圏の客層を正確に把握し、それに応じた受け皿を複数用意することが不可欠です。
商品・サービスを個客に「パーソナライズ」する
顧客の多様化に対応するには、個人のニーズに合わせたきめ細かなパーソナライズが必要です。東北大学の「学習療法」と任天堂DS「脳を鍛える大人のDSトレーニング」は、同じ原理を異なるアプローチで実現したパーソナライズの好例です。
「必ず100点満点を取らせる」学習療法のパーソナライズ
東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授と公文教育研究会との産学連携で開発した「学習療法」は、認知症の改善・予防のためのプログラムです。薬を使わず、紙の教材を用いた「音読・手書き・計算」とコミュニケーションを中心としたもので、のべ20万人以上が実施しています。
学習療法の核心は「必ず100点満点を取ってもらう」ことにあります。認知症になると叱られたり落ち度をなじられたりする機会が増えがちですが、これが症状改善に最も逆効果です。学習が終わった時点で即座に成果を認めてほめることが、改善効果を高めます。
そのためには、その人の認知能力レベルに合わせた教材選びが不可欠です。MMSE(国際標準の認知機能検査)とFAB(前頭葉機能検査)の2種類の検査結果を組み合わせてレベルを評価し、60種類以上の教材から最適なものを選びます。これがパーソナライズです。
「一番簡単な教材を使えば誰でも100点では?」と思いがちだが、それでは改善効果がない。その人の作動記憶能力の限界ギリギリの負荷でトレーニングすることで能力が向上する。パーソナライズとは「少し頑張れば100点が取れるギリギリのレベル」を見つけることに他ならない。
ソフトウェアで個客パーソナライズした任天堂
任天堂の「脳を鍛える大人のトレーニング」シリーズは、全世界で3,800万本以上販売した超ベストセラー。これは学習療法と同じ原理をソフトウェアで実現した例です。「音読・手書き・簡単な計算」という内容は学習療法と基本は一緒。学習者のトレーニング結果をもとに次のレベルを自動決定し、アニメ化した川島教授キャラクターがほめたり、アドバイスしたりします。このキャラクターが学習療法のサポーターの役割を擬似的に果たしています。
バラけた個客を「共感」で束ねる
ニーズが多様でバラバラな人たちであっても、「ああ、こんなものが欲しかったのよ」と思える共感軸を打ち出すことで、ビジネスとして成り立つ規模にできます。カーブスとハズキルーペはその代表例です。
潜在顧客が求めていた「価値の重層化」が共感を呼んだカーブス
カーブスは、従来のフィットネスジムに対して多様な不満を持つ潜在顧客の「価値の重層化」で共感を呼び、一号店オープンから8年9か月で1,411店舗・会員数60万人という急成長を遂げました。現在は、全国47都道府県に1,996店舗、約86.3万人の会員がいます(2025年8月末現在)。
なぜ「価値の重層化」が有効なのか。理由は2つあります。①これだけ従来の不満を解消していると、どれかに魅かれて利用するようになる確率が上がる。②ある不満の解消に魅かれて来た客は、別の不満も解消されていることを知り、満足度がさらに上がる——この両輪が急成長を支えたのです。
ハズキルーペは「老眼鏡のイメージ打破」という共感
Hazuki Company(株)が販売する「ハズキルーペ」は、従来の老眼鏡・拡大鏡に5つの価値を重層化することで老眼鏡市場に新たな共感を呼び込みました。同社によれば、累計販売数は500万本を突破しているとのことです。
おしゃれなデザイン
見やすい
カット目に優しい
など
メガネ屋以外
でも購入可
「一人暮らし世帯特有」の価値を組み込む
社会の高齢化が進むと一人暮らし世帯が増えます。この世帯が求める価値のキーワードは6つ。これを商品に組み込むことが、シニアの一人暮らし世帯のニーズに応える鍵です。
一人分の量・サイズ。セブン-イレブン「セブンプレミアム」の小口総菜、一人用炊飯器などが代表例
持ち運び・操作がしやすい。パナソニック「プチサイクロン」など、小さく軽くて高性能な家電が支持される
身体への良さを訴求。「ふくふくの人参ジュース」のような有機・食物繊維系商品がロングセラーに
一人でも安全・安心に使える設計。緊急時対応・操作の簡便さなどが選ばれる理由になる
手間がかからない。UCCの「ペリカプラス」はボタンを押すだけで50秒で本格ドリップコーヒーが完成
多少値段が高くても「本物の味・性能」を求める。小型でも「土鍋で炊いた」味を再現する炊飯器などが人気
「一人でも楽しめる」商品をつくる
一人暮らし世帯でなくても「一人で楽しみたい」という人はかなり存在します。クラブツーリズムの「ひとり旅」は、そうしたニーズの受け皿として生まれた「おひとり参加限定」旅行商品です。
「旦那と旅行してもつまらないから、一人で参加する」
クラブツーリズムが提供している「ひとり旅」は、おひとり参加限定の旅行商品です。独身や未亡人でないとダメという意味ではなく、旅行への参加は一人で、というだけ。「旦那と旅行してもつまらないから、一人で参加する」という高齢女性のニーズの受け皿でもあります。
参加者全員がおひとり様参加——同行者を探す必要がない
全コースに添乗員が同行——一人でも安心して参加できる
ツアー中に自己紹介タイムを用意——さりげない出会いの機会
希望すれば1名1室コースも選択可能
コンサート・芸術鑑賞・「ララ散歩」・誕生日交流会など多彩なラインナップ
特に人気があるのは、一人では行きにくい場所への旅です。古い温泉旅館への一人旅はいぶかしがられることもありますが、こうしたツアー形式なら参加しやすくなります。沖縄のビーチリゾートも同様で、「一人では行きづらい」を解消することが価値になっています。
このテーマのまとめ
- シニア市場は「マス」で見てはいけない。「多様なミクロ市場の集合体」として自社商品の位置づけを把握することが先決
- らくらくホンの例が示すように、ローエンド・ミドル・ハイエンドの3グループへの対応でヒット商品が生まれた
- 多様なニーズには「多様な受け皿」で応える。クラブツーリズムの300以上のテーマ型旅行・小売業の多様な業態がその好例
- 学習療法とDSトレーニングが示すように、個客へのパーソナライズが顧客満足と好循環を生み出す
- カーブス・ハズキルーペに学ぶ「価値の重層化」——多様な不満を複数解消することで、バラけた個客の共感を束ねられる
- 一人暮らし世帯に響くキーワードは「小型・軽量・健康・安心・手軽・高品質」の6つ
- 「一人でも楽しめる」ことを商品価値として打ち出すことで、見えていなかった潜在ニーズを掘り起こせる


