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ピアニストのグレン・グールドが
50年の生涯の末期に、26年ぶりに
バッハのゴールドベルグ変奏曲を発表したとき、
音楽評論家の諸井誠が次の言葉を残しました。
旧盤が若い才気の飛翔だったとすれば、
ディジタル録音による新盤は
賢者の深慮にもとづく
確固たる造型と技巧の勝利であり、
あらゆる音に奏者の意識が働いている。
このゴールドベルグ変奏曲の新盤は、
ちょうどCDが登場した頃と重なり、
CD初期の名盤として後世に残る演奏となりました。
しかし、その26年前に発表された演奏は、
若干23歳でのデビュー曲であり、
鮮烈な演奏としてセンセーションを巻き起こし、
奇才グールドの名を世に知らしめた
やはり伝説の演奏です。
どちらの演奏も「伝説の演奏」という言葉に
寸分の違和感がないほど、
それぞれが独自の魅力をもち、
今も音楽を愛する人間の心をつかんでやみません。
グールドのように、
「才気の飛翔」が長い年月を経て、
「賢者の深慮」に変容していく演奏家がいる反面、
若き日の瑞々しさが、年を取るとともに
失われていく演奏家も大勢います。
こうした差は、いったい、なぜ生まれるのでしょうか。
一昔前に人気を博したバイオリニストがいました。
私は若き日の、このバイオリニストの演奏を聴いて、
荒削りなところがあるものの、彼の将来を期待しました。
しかし、人気が上がり、知名度が上がるにつれ、
彼の演奏から、
かつて私の気持ちを惹きつけた
「ひたむきさ」が消えていったのでした。
数年後、テレビで見た彼の表情には、
かつての才気は消え失せ、
もはやバイオリニストというアーティストではなく、
バイオリンという楽器を使う日銭演奏屋の
面構えに成り下がっていました。
若き日の「才気の飛翔」が、
「賢者の深慮」に変容するまでには、
長い道のりがあるようです。
しかし、その長い道のりを歩むには、
加える年齢の数が
重要なのではありません。
本当に重要なのは、
その人が歩み始めたときに覚悟した
「頂の高さ」こそが
歩み続ける意思の強さを
決めることではないでしょうか。
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