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人の賑わいが発生する求心力は何か?
市街地の活性化を、ここでは「市街地に人の賑わいを取り戻すこと」と定義する。人の賑わいの中核は、多くの「人の往来」であり、その往来とともに発生する様々な活動により発せられる活気である。
人の往来が頻繁に起こる場所には、必ず何らかの求心力がある。その求心力の一つが「権力」である。
近代以前、つまり明治維新以前では、幕府を頂点とした殿様がその中心だった。殿様は、必ず城を築いた。権力の巣窟である城には、いろいろな理由で多くの人が訪れた。
すると、城周辺には多くの市(いち)が立つようになった。やがて、市は、商店となり、住居となり、こうして城下町が形成された。
また、大きな寺や神社といった宗教的な場所も権力の中心であった。こうした場所にも多くの人が往来し、周辺には寺町や門前町といった街並みが形成されていった。
明治維新以降の近代になると、殿様に代わって権力をもったのは、行政、つまり都道府県庁、市役所、町村役場などの「役所」である。こうした役所は、たいていその地域の一等地に立地していた。多くの人が訪れる役所周辺には、さまざまな市が立ち、やがて商店街として発展していった。
(中略)
さて、こうした流れを眺めると、地方都市において中心市街地が空洞化していくのは都市形成の自然な潮流のように思える。
中心市街地と呼んでいるが、実は、空洞化している地域は「かつて中心市街地だったところ」なのである。言い換えると、空洞化している地域には、もはや人の賑わいの中心はなく、別のところに移動しているのである。
このような都市形成の趨勢のなかで、あえて空洞化した地域に人の賑わいを取り戻すにはどうすればよいか。考える糸口は、「時代の潮流」である。
日本は世界の先進国に先駆けて高齢化率が二〇%を超えた。日本の歴史上初の超高齢社会へ移行しつつある。これに伴い、さまざまな情勢の変化が起きている。
その変化により、@権力、A産業、B利便性と重点が移り変わってきた人の賑わいの求心力が「次は何に移るのか」の洞察が重要となる。
(本文より抜粋)
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